前半では、ヨブが3人の友人に対して、「私は、すでにあなたがたの知識を知っている。私の語りたい相手は神様なんだ。黙って聞いていてくれないか」と注文します。
私たちは、主と語り合おうとしている相手の妨げになっていないでしょうか。相手の話に耳を傾けているでしょうか。聞くということは、忍耐が必要です。
後半では、神様に対して、「あなたの手を私の上から遠ざけてください。そして、私をおびえさせないでください」と注文します。「自由に語らせてください」という切なる願いであります。
ヨブは、人生のはかなさを神様に訴えています。生の短さについて述べています。「人の命は短く、心がかき乱されることで一杯で、花のように咲いては、影のように消えていくのだから、神様の目を私からそらせて自由にしてほしい。そうすれば、その日だけでも楽しむことができるだろう」と。
苦しみから解放されたかった正直な気持が、ひしひしと伝わってきます。
友人のテマン人エリファズが、2度目の意見を述べます。前回の冷静で紳士的な話し方から一転して、感情的になっています。「無益なことば」「無益な論法」と責め立て、「あなたは信仰を捨てている」とまで述べました。自分の知恵に頼り過ぎて、ヨブの心中を察することなく、的外れな忠告になっているように思います。
私たちは、相手のことを理解して適切なことばをかけているでしょうか。また、自分が知恵ある者と思っていないでしょうか。