第24月曜 歴代誌第一8章~10章



【祈り】

[1] 主の祈り

【聖書通読のたすけ】

【8章】

 8章は、ベニヤミン族の系図が記されています。
 ベニヤミンといえば、実の父親から「かみ裂く狼」と評されています。気性が激しかったのでしょうか。その子孫も、ときにイスラエル11部族を相手に戦争をしたりと、激しい気質がうかがわれます。士師記の最後では、その戦いによって多くの男子が死に、一族存続が危ぶまれる状態にまでなりました。
 しかし、紆余曲折を経たベニヤミン族でしたが、ユダ族とともに生き延びます。なぜでしょう? 28節をみると、一族のおもだった者たちがエルサレムに住んだ、とあります。王国が分裂した後、普通に考えればベニヤミン族は、同じ母を祖とするヨセフ族、すなわち北イスラエルを起こしたエフライム族につく可能性が十分ありました。しかし彼らはユダ族の側についたのです。血のつながりよりも信仰のつながりを、人にではなく、神の側についた結実と言ってよいでしょう。
 私たちも勿論、血のつながりは大切です。しかし、信仰のつながりこそ、主とのつながりこそ、最も大事なことであることを学びたいと思います。

【9章】

 9章は、捕囚後イスラエルに帰還した人々の系図です。
 荒涼としたエルサレムに住みついた信仰の勇者たちの名前が記されていますが、そんな彼らの見本として記されているのが20節のピネハスです。彼はアロンの孫であり、イスラエル人がバアル礼拝を行ったとき、神の側に立って行動し、そのことによって神罰がやみました。すばらしい働きをした人です。これだけのことをしたので、「主は彼とともにおられた」と記されていても頷けます。
 旧約聖書をみると、このように記されている人物は決して多くありません。神とともに歩める。それは特別で、信仰深い人という感じさえします。しかし、新約に生きる私たちに対して、主は「わたしは、あなたとともにいる」とおっしゃるのです。あのピネハスと同様に! これはどれほど大きな恵みでしょうか。主がともに歩んでくださるのです。その恵みを胸に今日もまた一歩、進んでいきましょう。

【10章】

 10章は、サウル王の末路が記されています。
 サウル王は8章でみたベニヤミン族の出身です。サウル王の少し前の時代、ベニヤミン族はイスラエル11部族を相手に戦争をし、惨敗を喫しました。ベニヤミン族はとても小さな、力の弱い部族となっていたのです。サウルもそのことをよく知っていました。ですから王として召命を受けた時、躊躇したのです。
 サウル王は、自分や部族の小ささ弱さを知るゆえに、なおさら主により頼んで歩むべきでした。しかし、いつしか彼は、主よりも、自分の力、考え、経験、それらに重きを置くようになったのです。それらを活かすことは大切でしょう。しかし、主の助けなど必要ないとばかりに彼は歩み、落ちていきました。もったいない。
 サウルの歩みを他山の石として、主により頼み歩める幸いを覚えつつ、生きていきましょう。


【信仰告白】

[2] 使徒信条