ヤロブアムの息子の病を通し、イスラエル王国の滅亡が伝えられる。ヤロブアムは、かつて自分が王となることを預言したアヒヤのもとに妻を遣わす。よい結果を聞きたいとの動機のためだろう、彼女に変装を施すが、皮肉にもアヒヤの視力は失われており、ただ主によって彼女の本性は暴かれる。
ヤロブアムへの宣告は次の4点。
【1】 君主であった事実確認(7節)。「君主」とは、神的な任命を連想させる語。神が任命したリーダーであったことを確認させる。
【2】 神を後ろに投げ捨てたことの非難(9節)。任職を受けたにもかかわらず神を捨て政治的判断により神を利用した点への責め。
【3】 こども及びヤロブアム家への厳しい裁き。10節は原文において汚い言葉で綴られる。
【4】 イスラエル王国全体への裁き。
彼は厳かな任命を受けたにもかかわらず、神を無視し続けた結果、イスラエル国中にアシェラ信仰(カナンの豊穣の母神、バアルの妻)をはびこらせ、イスラエル王国の滅びを招くのである。任職を受けた者の背信の罪は重い。
注) 変装する行為に関して、聖書は常に厳しい態度をとり続けている。たとえば、サウル王、アハブ王、ヨシア王。神を欺く行為は危険。
・レハブアムの子アビヤム
2節のアビヤムの母マアカは、10節でアサの母としても紹介されている。これはマアカが王の母を形容する名前として用いられていたか、アビヤムの母マアカがアサの支配する時代にも王母としての権力を持ち続けていたかのどちらか(アビヤムの支配が短い期間であったことを考えると後者が有力)。
アビヤムの評価は「彼の心は・・・主と全く一つにはなっていなかった」(3節)。彼は父レハブアムの影響をそのまま受け、政治的判断と信仰的判断の2つの基準によって行動した。このような王にもかかわらず、このときユダ王国に滅びの宣告がなされないのは、ダビデの信仰のゆえ(4節)。
・アビヤムの子アサ
一方のアサの評価は、「一生涯、主と全く一つになっていた」(14節)。これは彼が完全な人であったことを表すものではなく(歴代誌には、彼がアラムの王の援助を求めた行為が非難されている)、彼の行動の核心部分に主が置かれていたことを表現したものである。主がご覧になるのは、心のありようである。
ヤロブアムの子ナダブが、家臣バシャによって殺害される。これはペリシテ人と対峙している最中のクーデターだった(27節)。家来による謀反は、これまでなかった卑劣な犯行だが、北イスラエルではその後も同じような反逆が繰り返される。謀反は王位を権力の座として捉える態度から起きてくる。この点で、続く王たちにもヤロブアム的な性質が引き継がれると言える。