ナオミは、ルツが「はからずも」ボアズの畑へ行ったということを、神様からの導きであったと感じていたようです(2章20節)。そこで彼女はルツの幸せを考えて、ボアズとルツが結婚したらよいのではないだろうか?と、ルツに行動を起こすように指示をしました。
ナオミの話を聞き、ルツはナオミの指示に従うことを決心します。つまり、それはルツにとって、ボアズとの結婚にむけて歩んでいくことを意味しました。ルツはボアズに求婚を意味する行動を起こしたのです。
これを受けたボアズの対応はまさに誠実そのものでした。ルツに恐れることはない旨を伝え、彼女の申し出に対して曖昧な態度をとることもなく、これからどのようにことを進めていく必要があるのか彼女に説明をしました。さらには、自分に結婚を求めてきた素敵な女性であるルツが夜にそばにいたとしても、正しく自制し、翌日になると即座に行動を起こし、その結果を生きておられる神様に委ねました。これらの対応に、ルツがどれだけボアズに対する信頼を増し加えたかわかりません。
それだけではありませんでした。実は、エリメレクの畑を買い戻し、ルツと結婚するということは、自分の財産を損ないかねないものでした。それゆえに、ボアズ以前に買い戻しの権利がある親類は、ルツをも買わなければならないと聞くと、さっきまで買い戻すと言っていた意見を即撤回しました。常識的な判断です。しかし、ボアズは自分の富にこだわることなく、自分の利益を追求することなく、ルツとの結婚を決断したのです。
それぞれがいかに誠実であったのか、今日の箇所からよくわかります。神様は、この誠実に歩む人たちを大いに祝福してくださいました。ボアズとルツは結婚へと導かれ、神様は二人に子どもをお与えくださいました。そしてこの息子、オベデがダビデ王のおじいちゃんにあたる人となり、ひいてはイエス・キリストの系図に名を連ねることとなったのです(マタイ1章5節)。
ルツ記の冒頭を思い起こしましょう。それは、人の目に決して幸せとは見えない始まりでした。しかし、今やその顔には悲しみの色はなく、神様からの祝福を全身で味わっています! しかも、オベデをその胸に抱いたとき、この末にキリストが生まれると誰が想像できたでしょうか? さらには、彼らが苦しみをとおして見出した神様の恵みと祝福が、数千年のときを経ても、多くの人を慰め、励まし、信仰による歩みを促し続けることになると、このときのボアズやナオミやルツの考えに及んでいたでしょうか??
この視点を与えられたく願います。苦しみのなかにも神様に信頼して誠実に歩む人たちを、神様は放っておかれることはありません。祝福はあるのです。そして、私たちに見える祝福は、実は永遠という視点からしてみたら、ごくごく一部なのかもしれません。その視点をもって、遥かな御国を仰ぎつつ、今日の一日を誠実に歩ませていただきましょう。