主は、予告された過越をどのように守るべきか、その規定を示され、イスラエルの民は、モーセの指示に従ってそれを守りました。真夜中になって、主ご自身が行き巡られ、エジプトのすべての初子を打たれました。こうして過越の出来事が成就し、エジプトはイスラエルの民を強制的に追い出しました。
主はエジプトがイスラエルの民に好意を持つようにされたので、イスラエル人はエジプトからはぎ取りました。壮年男子だけで約60万人、女性や子ども、多くの入り混じって来た外国人、非常に多くの家畜も一緒でした。出エジプトはまさに主のみわざなのです。そして、主がイスラエルの民に命じられた過越は、約束の地に入ってからも、語り続け、守り続けるべきものとされました。それは、出エジプトの出来事が、主の主権的な恵みのみわざであったことを、信仰として告白していくためでした。
イスラエルの民が主の恵みのみわざとして受けた出エジプトは、主の契約の成就でした。その契約を信じ続けたヨセフの信仰(創世50章25節)を、モーセは、ヨセフの遺骸を携えていくことによって継承したのです。私たちも、主ご自身に対する信頼と忍耐をもって、信仰を継承していくとき、主の恵みの約束のすばらしさを体験させていただけるのです。
信仰によって、彼は、王の怒りを恐れないで、エジプトを立ち去りました。目に見えない方を見るようにして、忍び通したからです。信仰によって・・・彼は過越と血の注ぎとを行いました。
- ヘブル書11章27〜28節 -