第32木曜 ローマ9:6-33



【祈り】

[1] 主の祈り

【聖書通読のたすけ】

 イスラエルは神様に特別に選ばれた民族です。彼らは、諸国民を祝福する特別な使命のために選ばれました。しかし、だからと言って、彼らが自動的に救われるのではありません。イスラエル人であっても、救い主イエス・キリストを信じて救われるのです。
 パウロは、イスラエル人として生まれる者がみな、救いに定められた真のアブラハムの子孫(真のイスラエル)ではないと言います。その具体的な例として、アブラハムから生まれたイサクとイシュマエルをあげます。アブラハムの祝福を相続する者として選ばれたのはイサクでした。また、イサクとリベカの間に生まれたヤコブとエサウをあげます。こちらも、アブラハムの祝福を相続する者として選ばれたのは、ヤコブでした。
 神様はあらかじめ、救いに至る者を選び、定めておられました。救いは、人の行いによらないで、ただ神様の主権的な選びによるのです。
 しかし、そうすると、神様が思いのままにある者を選び、思いのままある者を退けるのは、神様に不正があるのではないか。もしそうなら、人間の責任をとやかく言うことはできないのではないか。そんな反論が出てきます。
 しかし、神様に背き罪を犯したのは、みな人間の責任なのです。すべての人は罪を犯し、神様からの栄誉を受けることができません。しかし、神様は罪人であるすべての人に福音を知らせ、救いのチャンスを与えてくださっているのです。創造主であり主権者である神様が、救いにだれを選ぼうが、被造物である私たち人間には文句が言えません。ただ言えることは、イエス・キリストを信じて救われた者は、それが神様からの一方的なあわれみであり、恵みであるということです。神様はユダヤ人の中からも、異邦人のなかからも、イエス・キリストを信じて救われる人々を起こされました。
 キリストを信じて救われた私たちは、神からの一方的なあわれみと恵みを受けたのです。そのことを感謝しましょう。


【信仰告白】

[2] 使徒信条