サマリヤでの素晴らしい働きを行なったピリポに神からの新しい命令が与えられます。
実はこの命令は変わった内容でした。あまり人の通らない荒野の道に行くようにと命じられたのです。サマリヤで華々しい成果をあげたピリポです。常識で考えるならば「サマリヤに留まったままの方が、より多くの人に福音を語れると思います」とピリポが断っていてもおかしくなかったでしょう。しかし、ピリポは自分の判断や考えではなく、神の命令に従いました。神を信頼し従うピリポの信仰が光ります。ピリポが命令通りに道を下っていくと一台の車が走っています。さらに車に近づくようにとの命令が下ります。再度ピリポが命令に従うその時、車からイザヤ書の朗読が聞こえてきました。こうしてみことばの説き明かしを求めていたエチオピアの宦官とピリポとが出会ったのです。この出会いはまさに神のお導きでした。結果エチオピアの宦官は主イエスを信じ洗礼を受けて、国に帰ることになります。この出来事こそ、地の果てへとキリストの証人が遣わされる異邦人宣教の前触れでした。
ピリポへの命令は変わった内容でした。しかしその命令にピリポが従ったときに素晴らしいことが起こりました。神からの命令と導きは私たちが思う以上に正しいことを覚えたいと思います。大切なことは、私たちも信じて神の命令に従うことです。そのとき神のみわざを仰ぐことでしょう。
ところで、イエスの御名がエルサレムから遠く広がる中で、怒りに燃える男がいました。迫害者サウロです。彼の教会への激しい憎悪は留まるところを知りません。クリスチャンが散らされたなら、地の果てまでも追いかける覚悟です。サウロは大祭司からの手紙を手に、イエスを信じるこの道の者たちを捕らえようと一路ダマスコへと向かいます。誰にもサウロの道を遮ることはできないかのようでした。ところが突然の光と天からの声が彼の行く手を阻みました。声の主はなんと主イエスです。正しいことをしてきたはずのサウロ。しかし実は神への罪を犯していたのです。サウロのこれまでが音を立てて崩れる瞬間でした。この主イエスとの出会いがサウロを本当の人生へと導きました。
主イエスが出会ってくださるならばどんな頑固な人でも変えられることを教えられます。主イエスとの出会い、それはこれまでの自分が崩れ去るような出来事です。しかし、その出会いを通して私たちも本当の人生を歩むことが出来るのです。