第20月曜【ヨハネ6:1-21】



【祈り】

[1] 主の祈り

【聖書通読のたすけ】

 ヨハネによる福音書には、「イエス=キリスト(救い主)」の証拠として「7つのしるし」が記されています。

  1. カナの婚礼のワイン(2章1〜12節)
  2. 王室の役人の子の癒し(4章46〜54節)
  3. ベテスダの病人の癒し(5章1〜9節)
  4. 5,000人の給食(6章1〜14節)
  5. 湖上の出来事(6章16〜21節)
  6. 目の見えない人の癒し(9章1〜7節)
  7. ラザロの復活(11章1〜44節)

 今日は、第4・第5の「しるし」を見ます。実はどちらにも共通する点があります。
 一方は、男性だけで5,000人、おそらく女性も子どももいたでしょうから倍以上の群衆(球場やイベント会場を思い浮かべてください)が空腹であるという人的な非常事態。
 他方は、吹きまくる強風という自然の非常事態。
 そのなかで慌てふためく弟子たち。もちろん、弟子たちを笑うことはできません。私たちも同じ状況に置かれたら、いや、実際に日々起こる「非常事態」のなかで、慌てふためいているのではないでしょうか。

 「非常事態」の解決は、どちらも「主イエス」でした。
 ポケットの中のビスケットならいざ知らず、たった5つのパンと小さな魚2匹を、いったいどうやって大勢の人々に配ったのでしょう。配るだけでも時間がかかりそうです。想像もつきません。まったく、人知を遥かに超えた解決です。
 嵐を静めに来られた主イエスも、人知を超え、自然の法則を超えていました。

 これらの「しるし」(奇蹟)は、主イエスがキリスト(救い主)であることの証拠としてなされ、記録されました。
 と同時に、主イエスをキリストとして信じた者(キリスト者)にとっては、たとえどんな状況にあっても、「わたしだ。恐れることはない」(20節)と語られる主イエスが、いつもともにおられることを思い起こさせてくれる記事でもあります。