第13月曜【ルカ5:27-6:5】



【祈り】

[1] 主の祈り

【聖書通読のたすけ】

 「レビ」(5章27節)は、マタイによる福音書の著者、十二弟子のマタイです(マタイ9章9〜13節)。こうしてみると、ペテロをはじめ、主イエスの召し出された十二弟子は、罪人の集まりでした。医者を必要とするのは病人であるように、何もかも捨てて(5章28節・11節)主イエスについていくのは、赦された恵みに感謝せずにはおれない罪人たちでした。

 パリサイ人・律法学者など宗教指導者たちは、自分たちが「医者」になっていました。断食や祈り、安息日などの戒律(※)を遵守することで、自分たちは義人である、少なくとも「罪人ども」(5章30節)ではない、と思っていました。そして、「医者」として他人を「診断」していたのです(5章30節・33節、6章2節)。
 ※ 穂を摘み手でもみ出すこと(6章1節)は労働とみなされ、安息日には禁じられていました。

 しかし、人は「医者」ではありません。義と認めるのも、罪を裁くのも、神のみです。自分の行い(自分の基準)で義になろうとすることも、善行に生きていない(自分の義の基準に適さない)隣人を裁くことも、実は自分を神とすることです。罪の本質です(創世記3章5節)。

 人はみな罪人です。神の聖さの前に立たされる時(その究極は最後の審判の時)、善行で罪を中和することなどできないことがはっきりわかります。そのように考えていくと、罪があるのが問題というより、罪を赦していただくために主イエスのところに来ないことこそ問題と言えます。