ヨハネに対するのと同様、ヨセフとマリヤもイエスに8日目の割礼を施し、その日に正式に命名しました。名はイエス。それは、「主は救いたもう」を意味するヨシュアの省略形です。名前をとても大事にするユダヤの世界ですが、この方においては名と実体はまさに一つでした。真実なお名前なのです。
きよめの期間(40日間。レビ12章1〜4節)を終えて、ヨセフとマリヤはエルサレムの神殿に向かいました。ルカはその神殿でイエスを迎えた2人の老人を紹介します。シメオンとアンナは魅力的な人たちです。医者のルカは老人福祉に気を遣うのでなく、歩くこともままならないこの2人に秘められていた霊的な力を示します。考えてみてください。この神殿の領域は東京ドームの3倍の面積を持ち、絶えず巡礼者で溢れていました。最初の子をささげる両親も毎日のようにおしかけてきたはずですし、その人々のささげ物の犠牲を扱う祭司も実際何百人もいたのです。
そんな中で、この2人の老人はイエスを救い主と見抜きました。目や耳の感覚、力は衰えていたでしょう。しかし彼らには聖霊の働きがあったのです。祈りと明け渡す心、そして約束を待ち望む心のうちに聖霊が豊かに働かれました。喧騒の中の霊性を大事にしましょう。忙しくしていることに安心せず、聖霊とともなることに見出されるイエスの姿に喜びを求めましょう。