第10木曜【マルコ12:35-13:13】



【祈り】

[1] 主の祈り

【聖書通読のたすけ】

 レプタは当時の最小単位の貨幣です。額の多寡ではなく、もちろん全財産の何%を献げたか、ということでもなかったと思います。「神のものは神に」(12章17節)という信仰のあらわれとして献げたかどうか、なのだと思います。
 神の像が刻まれた自分自身を、神にお返しする。お金は、いわばその信仰を入れる「容器」と言えます。いくら「容器」ばかり献げても、献身という「中身」がなければ、意味がありません。

 人は、表の容器しか見ることはできません。洞察力の鋭い人は、あるいは感じることができるかもしれません。けれど、神は確かに容器の中身をご覧になります(律法学者を見通すように〔12章38〜40節〕)。

 この「神のものは神に」という生き方は、平時の備えであると同時に、世の終わりの備えにもなります。すべてを神にお献げし、御手にあると思えると、惑わされず(13章5節)、あわてることもないからです(13章7節)。